電磁気学的な現象であると認識されながら、科学的なアプローチがほとんどされてこなかった電磁ノイズの対処方法を、マクスウェル理論に基づいた新しい伝送理論と計算手法と実験によって明らかにします。具体的には、最近開発した、伝送理論およびアンテナ理論、回路理論を統合した回路・電磁界計算アルゴリズム(特許出願準備中、論文投稿中)をさらに発展させ、ノイズ現象の学理といえるべき指導的な概念を構築していきます。将来的には、民間企業をグループにも加わっていただき、協力しながら製品開発に積極的に本手法を取り入れていきたいと考えています。
計測系に電磁ノイズがあるとき以下の課題にぶつかることがよくあります。
電磁ノイズであろうと信号であろうと、導線内部の電子によって生じているはずです。言い換えれば、ある電子が信号でありノイズであります。しかし、電子はマクスウェル方程式にしたがって動いているだけで、電子としてはあらぬ疑い(?)をかけられる筋合いはないでしょう。
この研究を複雑にしているのは、経験と直感でわかっている(と思い込んでいる)こと、予期していなかったこと、対象となる機器の周波数やパワーが複雑に絡み合っているところです。直感的に自分にはわかっていると思うことが間違っているのが電磁ノイズの問題です。
測定において、電磁ノイズを無くす(低減する)というのは最も重要な課題の一つです。電磁ノイズの問題を解決することで新しい現象を見出すことが期待できる研究は多くあるかと思われます。通常ノイズを減らすには、①低ノイズ電源を用いて、②低ノイズなデバイスを用いて、③シールドを行う、ことが皆さんされていることでしょう。また、コモンモードノイズがノーマルモードノイズに変換されることを特に注意する必要があります。
そもそも信号はグランドライン(GND)に対して定義されており、実際の回路では、つかった信号(言い換えれば電荷)はGNDに「垂れ流し」の状態になります。集中定数回路ではこの考えでいくのですが、実際にはGNDにもインダクタやキャパシタが存在するので、電荷の分布に偏りがあります。より基本的な電磁気学で考えると、信号を流れている近くの導電体すべて(GNDも含めて)において、その信号線の鏡像電荷が走っています。信号線自身が他の電磁ノイズになっていると見ることもできるでしょう。これが実際の電磁ノイズ問題を複雑化させています。上記の①〜③だけでなく、根本的な電磁ノイズの検討が必要となってきます。
本研究では、共同研究者である大阪大学核物理研究センターの土岐博さんの理論[1]と従来の伝送系理論(C. R. Paul, "ANALYSIS OF MULTICONDUCTOR TRANSMISSION LINES", Wiley & Sons, 2008)を組み合わせた回路シミュレーションを開発し、実験も行いながら電磁ノイズの問題を解明しています。
電磁ノイズの研究を進めていくと様々なことがわかってきました。また様々な新しい手法を開発することができました。これらについては順番に論文と特許として世に出していきたいと考えています。
[1] H. Toki and K. Sato, J. Phys. Soc. Jpn. 80, 014201 (2012).
信号線に電磁ノイズが乗るという表現があります。電磁ノイズは外からやって来るものであるという考えです。信号線の信号によって電磁場を発生させ、近隣の危機に影響をおよぼす可能性もあるという考えもできます。電磁ノイズを記述するときに重要なポイントがノーマルモードとコモンモードです。よくコモンモードノイズという表現を聞くことがありますが。基本的にはそれと同じです。これまでの研究[1]において、通常の測定されるノーマルモード電圧と電流、コモンモード電圧と電流を信号線において数式で定義しました。そうすることで、ノーマルモードとコモンモード間のカップリングを理論的に導き出すことができました。ノーマルモードとコモンモードはモード間共鳴を起こしており、それによって電磁ノイズが生じていることが理論的にわかりました。このモード間共鳴での電磁ノイズを担っているのが信号そのものです。実は自分自身が電磁ノイズの期限であり、モード間共鳴と信号線の反射による共鳴によってノイズがいつまでも続いていくことがわかってきました。
[1] S. Kitora et al., AIP Advances 4, 117119 (2014)
伝送理論およびアンテナ理論、回路理論を統合した回路・電磁界計算アルゴリズムを開発しました[1,2]。特許化・論文化を行い次第、内容を紹介していきます。
[1] Toki and Abe submitted.
[2] 特許出願済
電磁ノイズは電磁場の放射や吸収の現象も含まれます。アンテナ理論も含めた電磁ノイズの問題に取り組んでいます。
これまで行ってきた非接触原子間力顕微鏡の原子分解能測定では、原子一つ一つを画像化できる装置です。原子一つから得られる信号は非常に小さく、測定系のノイズの影響を少なくする工夫が必要です。ノイズといえば、ショットノイズや1/fノイズ、熱ノイズなど様々な存在し、測定条件によっては取り除くことができないものもあります。その中で電磁ノイズは外部から侵入ノイズする(と思っていた)ため、なにか工夫をすれば取り除くことができるかもしれません。しかしながら、電磁ノイズをなくすこと、特にいわゆる「60Hzノイズ」は、私を悩ませ続けてきました。
電磁ノイズは日常生活の随所で発生しています。電磁ノイズによる装置の誤動作をさけるために様々な規制(例えば、医用電気機器のEMC規制IEC 60601-1-2)が存在します。規制をクリアするために、職人技をもつエンジニアが経験をもとに電磁ノイズを低減しているのが現状です。これは機器を取り扱う人々にとって「あたりまえの」ことです。電磁ノイズに対処するための文書・教科書は多く存在し、私も参考にしてきました。また、EMCやEMIにあるように様々な電磁ノイズへのアプローチが存在します。
しかしながら、これまでの電磁ノイズへのアプローチのほぼすべてが、「どのように対処するか」が主であり、「電磁ノイズとは何か」「ノイズをどのように物理として捉えていくべきか」という根本的な研究はされていませんでした。そもそも、電磁ノイズ=外乱であるという発想のもとでは、電磁ノイズは周辺からやって来るので、対症療法するしかないという考えは当然でしょう。
電磁ノイズを説明する理論的枠組みは、電磁気学を用いることが予想され、これまで多くの文書・教科書が存在します。しかしながら、記述が曖昧でノイズの本質を捉えておらず、挙句の果てには「最後は経験で解決すべし」という記述がされている場合がほとんどです。
2012年初頭に理論核物理学者である土岐博さんから、電磁ノイズの新しい考え方を教えてもらいました。この考え方は斬新でしたが、これまでの自分自身の経験と照らしあわしても非常に説得力がありました。そこで、共同研究を開始し、現在に至っています。今後は、研究を進めるだけでなく特許化や企業との共同研究を進めていきたいと考えています。